事業が拡大したとき、社長が最初に直面する「数字の罠」
「全体の売上は上がっているのに、なぜか手元の現金が増えない」 「A店は忙しそうだけど、本当に利益が出ているんだろうか?」
事業が一つだけのときは、通帳の残高さえ見ていれば経営状態を把握できました。しかし、2店舗目を出店したり、物販に加えてコンサルティング事業を始めたりと「多角化」が進むと、途端にどんぶり勘定では通用しなくなります。
多くの経営者が陥るのが、「会社全体では黒字だから問題ない」と考えてしまう罠です。実は、儲かっているA事業の利益が、大赤字のB事業の穴埋めに消えている――そんな「隠れ赤字」の状態に気づかず、資金繰りが悪化してから慌てるケースが後を絶ちません。
この問題を解決する唯一の方法が、会計ソフトの「部門管理」や「タグ機能」を使いこなし、事業ごと・店舗ごとの成績表(損益計算書)を作ることです。
この記事では、複数事業や多店舗展開を成功させている経営者が、どのようにクラウド会計ソフトを選び、設定しているのかを解説します。「部門?タグ?難しそう…」と感じる初心者の方にこそ知ってほしい、経営の解像度を劇的に上げるテクニックをお伝えします。
なぜ「全体」ではなく「個別」で見ないと危険なのか
会計ソフトを選ぶ前に、まず「なぜ部門管理が必要なのか」という根本的な理由を整理しておきましょう。これは単なる経理処理の問題ではなく、経営判断の生命線だからです。
1. 「撤退」か「投資」かの判断を誤るから
例えば、あなたの会社に「飲食事業」と「通販事業」があるとします。会社全体で月50万円の利益が出ていました。 しかし、部門別に分解してみると、実は以下のようになっていたらどうでしょうか?
- 飲食事業:+100万円の黒字
- 通販事業:▲50万円の赤字
もしこの内訳を知らなければ、「全体で儲かっているから、通販事業も順調だろう」と勘違いし、赤字の通販事業にさらに広告費を投下してしまうかもしれません。正しく内訳が見えていれば、「通販事業は撤退するか、抜本的な改善が必要だ」という正しい判断が下せます。
2. 銀行融資の審査で不利になるから
銀行が融資の審査をする際、多角化している企業に対しては「どの事業が収益の柱なのか」を必ず質問します。 このとき、「全体ではこれくらいですが、個別の数字は分かりません」と答えるのと、「A店舗は利益率20%ですが、B店舗は先月の改装費で一時的に下がっています」と試算表を見せながら説明できるのでは、**経営者としての信用度(格付け)**が天と地ほど変わります。
3. スタッフへの適切な評価ができないから
店舗を任せている店長がいる場合、店舗ごとの採算が明確でないと、成果を正しく評価できません。 頑張って利益を出している店の店長と、赤字を垂れ流している店の店長が同じ給料やボーナスでは、優秀な人材から辞めていってしまいます。部門別会計は、公平な人事評価のためにも必須のインフラなのです。
「部門管理」と「タグ付け」はどう違う?ソフト選びの分かれ道
クラウド会計ソフトで事業ごとの数字を出す方法は、大きく分けて2つのアプローチがあります。それが**「部門(階層)型」と「タグ(付箋)型」**です。
それぞれの特徴を理解することが、あなたに合ったソフト選びの第一歩です。
アプローチA:部門管理(ツリー構造)
従来型の会計ソフトや、組織図がしっかりしている会社で使われる方法です。 「全社」の下に「営業部」「製造部」があり、さらにその下に「東京支店」「大阪支店」があるといった、**階層構造(ツリー状)**で管理します。 一度「東京支店の売上」として登録すれば、それは自動的に「営業部」の数字にも反映されます。組織としての責任所在を明確にしたい場合に適しています。
アプローチB:タグ機能(自由付与)
freeeなどが得意とする、比較的新しい管理手法です。 1つの取引に対して、複数の「タグ(付箋)」をペタペタと貼っていくイメージです。 例えば、ある接待費に対して「東京支店」というタグと、「プロジェクトX」というタグを両方付けられます。 これにより、「支店別の成績」も見れるし、「プロジェクト別の成績」も切り口を変えて見ることができます。柔軟性が高く、組織図にとらわれない分析が可能です。
3大クラウド会計ソフトの「複数管理」実力比較
それでは、代表的な「freee」「マネーフォワード」「弥生会計」が、この部門・タグ管理においてどのような特徴を持っているのか、具体的に比較していきましょう。
1. マネーフォワード クラウド会計(王道の部門管理)
もしあなたが、「店舗A」「店舗B」といった明確な拠点ごと、あるいは「部署ごと」にきっちり損益を出したいなら、マネーフォワードが最も馴染みやすいでしょう。
- 特徴: 従来の会計ソフトに近い「部門設定」が可能です。補助科目を使って管理することもできますが、上位プラン(ビジネスプランなど)を使えば、きれいな「部門別損益計算書」をワンクリックで出力できます。
- ここが強い: 「配賦(はいふ)」基準の設定が細かくできます(後半で詳しく解説します)。例えば、本社の家賃を「売上の比率に応じて各店舗に負担させる」といった設定がスムーズです。
- おすすめの業種: 飲食店、美容室、小売店など、店舗(ハコ)ごとに売上と経費が明確に紐付くビジネス。
2. freee会計(最強のタグ分析)
もしあなたが、「Web制作と物販とセミナー講師」のように、場所にとらわれない複数のビジネスを持っているなら、freeeの「タグ」機能が圧倒的な威力を発揮します。
- 特徴: 「取引先」「品目」「部門」「メモタグ」という複数の切り口(ディメンション)を持っています。 特に「メモタグ」機能を使えば、期間限定のイベントごとの収支や、商品カテゴリごとの収支など、自由自在に分析軸を作れます。
- ここが強い: レポート機能が強力です。タグを選択するだけで、リアルタイムにグラフ化されたレポートが表示されます。経営会議の資料としてそのまま使えるレベルの見やすさです。
- おすすめの業種: IT企業、コンサルタント、イベント業、プロジェクト単位で動くビジネス。もちろん店舗管理も可能ですが、より複雑なクロス分析を得意とします。
3. 弥生会計 オンライン(シンプル・ベーシック)
弥生会計も部門管理機能を持っていますが、クラウド版(オンライン)においては、上記2社に比べると機能がシンプルです。
- 特徴: 「科目の設定」画面で部門を登録し、取引入力時に選択するスタイルです。
- ここが強い: 操作がシンプルなので、「とりあえずA店とB店だけ分けられればいい」「細かい分析レポートはいらないから、決算書だけ分けたい」という小規模な事業者には迷いがなく使いやすいです。
- おすすめの業種: 事業区分が2〜3個程度の個人事業主や小規模法人。複雑な配賦計算などを必要としないケース。
導入前に決めておくべき「分ける粒度」のルール
ソフトを決めて契約する前に、必ず決めておかなければならないことがあります。それは**「どこまで細かく管理するか」**というルール(粒度)です。
張り切って細かく設定しすぎると、日々の入力が面倒になり、結局続かなくなります。逆に大雑把すぎると、分析の意味がありません。 初心者が最初に設定すべきおすすめの粒度は以下の通りです。
レベル1:売上だけ分ける(初級)
経費を分けるのは大変なので、とりあえず「売上」だけをタグ付けする方法です。 「A店の売上」「B店の売上」は見えますが、利益は見えません。これでも「どの店が伸びているか」の傾向は分かりますが、本当の経営判断には不十分です。
レベル2:売上と「直接経費」を分ける(推奨・中級)
これが最もコスパの良い管理方法です。
- 売上: 店舗ごとに分ける
- 直接経費: 仕入れ(材料費)、外注費、店舗ごとのアルバイト人件費、店舗家賃など、「明らかにその事業にかかったお金」だけをタグ付けします。
- 共通経費: 社長の給料、顧問税理士の報酬、本社の水道光熱費などは、無理に分けず「共通(全社)」として扱います。
これにより、**「店舗ごとの粗利(貢献利益)」**が見えるようになります。「本社費を引く前の段階で、その店自体は稼ぐ力があるのか?」が分かるため、現場レベルの改善にはこれで十分です。
レベル3:共通経費まで配賦して「営業利益」を出す(上級)
「共通経費」も一定のルールで各店舗に割り振ります。 これにより、最終的な店舗ごとの「純粋な利益」が出せます。店舗ごとの撤退基準を決めたり、厳密な採算管理をする場合はここまでやる必要がありますが、計算が複雑になるため、経理担当者がいない場合はレベル2までで止めておくのが無難です。
悩ましい「共通経費」をどう分ける?配賦(はいふ)の基本テクニック
複数事業を行っていると、必ず突き当たる壁が「この経費、どっちの事業のものか決められない」という問題です。 例えば、本社の家賃、社長であるあなたの役員報酬、顧問税理士への支払い、全社で使用している会計ソフトの利用料などです。これらを**「共通経費(全社費用)」**と呼びます。
この共通経費を、一定のルールに従って各部門に割り振る作業を**「配賦(はいふ)」**と言います。ここを理解すると、各事業の本当の実力が見えてきます。
1. 初心者におすすめの「売上高基準」
最もシンプルで一般的な方法は、「売上の大きさ」に応じて経費を負担させる方法です。
- 例: 本社の家賃が10万円。
- A事業の売上:700万円(70%)
- B事業の売上:300万円(30%)
- 計算:
- A事業への負担額:7万円
- B事業への負担額:3万円
この方法のメリットは、計算が楽なことです。また、「稼いでいる事業が、多くの固定費を負担すべきだ」という考え方は、社内の納得感も得やすいでしょう。 マネーフォワード クラウド会計の上位プランなどでは、この「配賦基準」を設定しておけば、ワンクリックで自動計算してレポート化してくれる機能があります。
2. 手間がかかる事業に振る「活動基準(人員基準)」
しかし、売上基準には欠点があります。例えば、「売上は小さいけれど、めちゃくちゃ手がかかる(事務作業が多い)事業」があったとしましょう。売上基準だと、その事業の負担額は小さくなりますが、実際にはオフィスのスペースも人も占有しています。
その場合は、**「関わっている人数」や「床面積」**で分ける方法が有効です。
- A事業(3人担当):家賃10万円のうち6万円負担
- B事業(2人担当):家賃10万円のうち4万円負担
これにより、「売上は少ないのにコストばかり食っているお荷物事業」をあぶり出すことができます。
3. 無理に配賦しない「貢献利益」という考え方
ここまで説明しておいて何ですが、小規模な事業者の場合、「無理に配賦しない」というのも賢い選択です。 配賦計算は複雑で、会計ソフトの設定も高度になります。 そこでおすすめなのが、「各事業の利益」から「共通経費」を引いて「最終利益」を出すというシンプルな3段構えの構造で見ることです。
- A事業の利益(売上 - A事業だけの経費)= +50万円
- B事業の利益(売上 - B事業だけの経費)= +30万円
- (A+Bの合計 80万円) - 本社共通経費 20万円 = 最終利益 60万円
これなら、会計ソフト上で複雑な配賦設定をしなくても、Excelで簡単に計算できます。まずはこの形を目指しましょう。
【業種別】クラウド会計の「部門・タグ」設定事例
では、実際にどのような設定で運用するのが正解なのでしょうか。よくある3つの業種パターン別に、推奨する設定例を紹介します。
ケース1:飲食店・美容室(多店舗展開)
「店舗」という物理的な区切りが明確なケースです。
- 推奨ソフト: マネーフォワード クラウド会計(部門管理機能)
- 設定の構造:
- 部門1:渋谷店
- 部門2:新宿店
- 部門3:本部(共通)
- 運用のコツ: 食材やシャンプーなどの仕入れは、請求書が店舗ごとに分かれていることが多いので、入力時にそれぞれの「部門」を選びます。 もし、本部が一括で仕入れて各店に配送している場合は、仕入れた時点では「本部」で計上し、月末に棚卸しデータをもとに「振替伝票」で各店に移動させる処理が必要になります。これが面倒な場合は、発注段階で店舗ごとに伝票を分けてもらうよう業者に依頼するのが得策です。
ケース2:Web制作・コンサルティング(複数プロジェクト)
場所に関係なく、案件や事業内容で管理したいケースです。
- 推奨ソフト: freee会計(タグ機能)
- 設定の構造:
- 品目タグ:Web制作、保守管理、コンサルティング
- メモタグ(プロジェクト):A社サイトリニューアル、B社マーケティング支援
- 運用のコツ: 売上は「品目タグ」で分類します。これにより「フロー収益(制作)」と「ストック収益(保守)」の比率を一瞬で可視化できます。 また、外注費やサーバー代には「メモタグ」でプロジェクト名を付けます。これにより、「A社の案件は、売上200万だけど外注費180万かかったから、実はほとんど儲かっていない」といったプロジェクト別の採算管理が可能になります。
ケース3:不動産賃貸業(複数物件所有)
アパートやマンションを複数棟持っているケースです。
- 推奨ソフト: どちらでもOKだが、freeeの「品目」活用が便利
- 設定の構造:
- 品目(または部門):第1コーポ、第2ビル、第3ハイツ
- 運用のコツ: 不動産所得の確定申告では、「物件ごとの収支内訳」を作る必要はありませんが、経営管理上は必須です。 特に修繕費や固定資産税は、どの物件にかかった費用か明確にタグ付けしましょう。「第1コーポは老朽化で修繕費がかさみ、利回りが低下しているから売却を検討しよう」といった出口戦略の判断材料になります。
タグ付け忘れを防ぐ!入力ミスゼロへの工夫
どれほど素晴らしい設定をしても、日々の入力でタグや部門を選び忘れたら、集計結果はめちゃくちゃになります。 人間は必ずミスをします。ミスをさせないための「仕組み」をソフト内に作りましょう。
1. 「Amazonでまとめ買い」はどう処理する?
洗剤(A店用)と、コピー用紙(本社用)と、コーヒー豆(B店用)をAmazonで一度に注文した。領収書は1枚。 この場合、どう入力すればいいでしょうか?
- NGなやり方: 面倒だから全部「本社消耗品費」にする。
- 正解のやり方: **「行(ぎょう)を追加」**して入力します。 クラウド会計ソフトの入力画面には、必ず「行追加」や「詳細登録」というボタンがあります。1枚の領収書(合計5,000円)に対して、
- 1行目:消耗品費 2,000円(タグ:A店)
- 2行目:消耗品費 1,000円(タグ:本社)
- 3行目:会議費 2,000円(タグ:B店) このように内訳を入力します。少し手間ですが、ここをサボると正確な数字は出ません。
2. 「自動ルール」にタグ・部門を埋め込む
銀行口座の自動連携機能を使う際、自動仕訳ルールに部門もセットで登録してしまいます。
- 「東京電力」からの引き落とし → 勘定科目:水道光熱費 + 部門:A店
- 「関西電力」からの引き落とし → 勘定科目:水道光熱費 + 部門:B店
このように、支払先と部門が1対1で紐付いているものは、最初にルール化してしまうことで、入力ミスを100%防げます。
3. 月末に「タグなし(部門なし)」をチェックする
どんなに気をつけても、入力漏れは発生します。 毎月の締め作業として、試算表の「部門なし(または共通)」の項目をチェックする習慣をつけましょう。 ここに、本来どこかの店に紐付くべき「材料費」や「外注費」が紛れ込んでいないかを確認します。クラウド会計なら、その数字をクリックするだけで元帳に飛び、その場で修正タグ付けが可能です。
クラウド会計なら、部門別管理は「コスト」ではなく「武器」になる
かつて、部門別会計を導入しようとすれば、高価な会計システムと、専任の経理担当者が必要でした。 しかし、クラウド会計ソフトの登場により、月額数千円のコストで、上場企業並みの管理体制を手に入れることが可能になりました。
「数字が見えれば、打ち手が変わる」
A事業が不調な原因は、売上減少なのか、経費増大なのか? B店舗の利益率が良いのは、店長の努力なのか、単に家賃が安いからなのか?
感覚や経験則に頼る経営から、データに基づいた「根拠のある経営」へ。 部門管理やタグ機能を使いこなすことは、単なる事務処理の効率化を超えて、あなたのビジネスをより強く、より高収益な体質へと進化させるための最強の武器となるはずです。
まずは「売上」と「直接経費」を分けるところから。今日からクラウド会計の設定画面を開き、あなたの事業の「本当の姿」を可視化してみましょう。

